フォントに注目しよう①『本文用明朝体の世界』







第一回の今回はフォントの王道、明朝体について。

一重に明朝体と言っても、世の中には数多くの明朝体が存在し、普通のPCに入っていないものも多くあります。ということで、この記事では普通の人でも使える明朝体から、一般にはレア(だけど実際はめちゃくちゃ目にしている)明朝体まで、僕が持ってる範囲で幅広く紹介したいと思います。




MS・MSP明朝(えむえすみんちょう)




みんな大好きMS・MSP明朝。Wordに入っていて、恐らく日本で一番多くの人に使われている明朝体ではないでしょうか。Wordを使った文書作成ではこのフォントがデファクトスタンダードになっているので、今後どんなフォントが世に出て、Wordに追加されようと、その地位は揺るがなそうです。実際、数年前Windows 8に游明朝体が搭載され、しかもWordでは初期設定が游明朝体になったにもかかわらず、MS明朝が游明朝に置き換わる様子はありません。一方でデザイナーからの評価はあまりよろしくなく、MS明朝がプロのデザインで使われているのはまず見ません。(ごく偶に意図的に使ったものはありますが。。)

余談1:実はMS明朝はMicrosoftが開発したものではなく、リョービとリコーが開発した本明朝という明朝体がベースになっています。

余談2:このフォント、ウェイト(文字の太さ)という概念が存在しません。これは本当によくないことだと思うんですが、Wordは文字のボールド(太字)処理をアウトライン(輪郭)を太らせることで擬似的に行っており、そういう設計思想がフォントにも影響しているんじゃないかと僕は勝手に解釈しています。一般にフォントは文字の太さに応じてデザイナーが字形を若干修正しており、MS明朝のように機械的に文字を太らせただけの太字体は、線と線の間が潰れるなど色々よくないことが起きます。

余談3:MSとMSPがありますが、このPはプロポーショナルのことを意味しています。フォントには正方形の箱を埋めるように設計された等幅フォントと、文字の形に応じて文字の横幅が異なる(正方形でなくなる)プロポーショナルフォント(例えば「へ」は文字幅が広く、「り」は文字幅が狭い)があり、MS明朝のように等幅かプロポーショナルかをフォントで切り替えるのは今となってはかなり独特な仕様です。今の多くのフォントはフォントが持つ字幅やペアカーニングの情報から、ソフトウェアで字詰めをします。(これもWord起因かなぁ。。)




ヒラギノ明朝




MicrosoftがMS明朝なら、Appleはヒラギノ明朝。今はiPhoneが普及しているので、Macユーザーのみならず、多くの人に認知されている明朝体だと思います。元々SCREEN(旧大日本スクリーン製造)が字游工房に設計を依頼した書体で、現在も販売はSCREENが行っています。書体名のヒラギノは京都の地名「柊野」から来ています。macOS、iOSではW3とW6の2ウェイトが選択・利用可能です。ウェイトの概念が薄いWinとは対照的に、Macはウェイトの切り替えで細字〜太字を切り替えるようになっています。(こういうところ、些細ですが、Macがデザイナー界隈で支持を集めている理由なんじゃないかと思っています。)

ちなみに字游工房は鈴木勉さん・鳥海修さん(現代表)・ 片田啓一さんの3人が写研から独立して立ち上げた会社です。残念ながら写研は今となっては会社として見る影もなくなってしまいましたが、写研出身の書体デザイナーの方々は今も色々なところで活躍されていますね。Monotype社の小林章さんであったり、Fontworksの藤田重信さんであったり。




小塚明朝(こづかみんちょう)




小塚昌彦さんが設計した明朝体で、Adobeのソフトウェアをインストールすると一緒にインストールされるので持っている方も多いのではないでしょうか。ただ、そういう手軽に手に入るフォントながら、ウェイトはELからHまでの6ウェイトあり、とても充実しています。広告などでもたまに利用されています。




源ノ明朝(げんのみんちょう)




つい先日リリースされた新進気鋭のオープンソースフォントです。無料で使えます。作ったのはAdobeでGoogleも絡んでいるようです。設計思想がすごくて、すべての言語に対応できるフォントファミリーを目指して作られたとのこと。収録字形が膨大でそのまま中国語、韓国語までいけます。ウェイトも8つあり充実しています。





IPA明朝(あいぴーえーみんちょう)




独立行政法人情報処理推進機構が公開しているフリーフォントです。MacTeXとかでTeXをインストールすると一番初めに設定されているのがIPA明朝だったりするので、そういう日本語論文とかで目にする機会がたまにあります。




游明朝体(ゆうみんちょうたい)




現在はWin、Macともに最初から搭載されています。名前から想像がつくように?字游工房のフォントで、もともとは有料フォントとして販売されていました。綺麗なフォントなんですが、平仮名の「き」なんかを見ると若干秀英体チックで、そこにややクセを感じる人もいるかもしれません。(明朝体には大きく分けて、築地体と秀英体という2つの流れがあります。どちらかと言うと、築地体のほうがクセのない明朝体に感じる人が多いんじゃないでしょうか。)




凸版文久明朝(とっぱんぶんきゅうみんちょう)




凸版文久明朝は凸版印刷の金属活字(金属活字は金属を彫って作った文字の判子のようなもの)をベースに作られたデジタルフォントです。MacにはSierra以降標準搭載されるようになりました。ウェイトがまだ少ないので、これから期待したいフォントです。(上サンプルはRで組んでいます。この記事の他のサンプルは基本的にLかELです。)




リュウミン




真打ち登場?現状プロのデザイナーが関わった印刷物だと本文はほとんどの場合このリュウミンで組まれています。モリサワが販売している有料フォントで、もともとは森川龍文堂という印刷所の金属活字がベースになっています。僕の感覚でしかありませんが、シェアは文庫本だと恐らく8割を超えているんじゃないでしょうか。手元にある文庫本を開いて、そこにあるのがリュウミンです、と言っても過言ではないくらいの使われ方です。見比べると分かってくるんですが、文字のデザインはかなり王道を行っていて、線質が鋭く滑らかなところが綺麗だと思います。8ウェイト展開で、かなに関してはオールド系の文字も別途「オールドかな」として用意されています。




リュウミンKO(リュウミンおーるどかな)※漢字はリュウミン




それでこれが、先程言ったオールド系の仮名を使った場合のリュウミンです。これはパンフレットやポスターなど、そんなに長くない文章で、少し装飾を加えたいときによく利用されています。

余談ですが、Canonの製品パンフレットにはこのリュウミンKOに若干変更を加えたような書体が使われています。情報がないので完全に憶測なんですが、モリサワにオーダーメイドして作ったんじゃないかと、一人で妄想しています。(ベースはリュウミンで間違いないと思うんですよね…。興味のある方は家電量販店とかで見てみて下さい。)




筑紫明朝(つくしみんちょう)




最近のフォントワークスを代表する明朝体です。フォントの名前は福岡地方の古称、筑紫から来ています。「ちくし」じゃなくて「つくし」なので少し注意ですね。設計は藤田重信さんです。この筑紫明朝が属する筑紫書体はフォントワークスの看板書体で、現在も新書体がばんばん開発されており、すごく勢いのあるファミリーです。リュウミンには及ばないものの、目にする機会はかなりあります。本文だけでなく、ポスターのコピーなど幅広い場面で利用されています。有料フォントでなかなか手を出しづらいところではあるんですが、良いフォントです。仮名文字の形が違う筑紫B明朝も存在します。





筑紫B明朝




筑紫明朝と仮名が異なる筑紫B明朝です。2016年に筑紫アンティーク明朝がリリースされた際、アンティーク明朝の仮名をベースに本文用明朝として筑紫B明朝ができました。現在のところウェイトはLのみになっています。




筑紫Aオールド明朝(つくしえーおーるどみんちょう)




筑紫書体の築地体、筑紫Aオールド明朝です。上で紹介したリュウミンで言えばリュウミンKOに相当するフォントになります。ただリュウミンと大きく違う点が一つあり、それはこの筑紫Aオールド明朝は筑紫明朝と漢字の字形も全て違うことです(リュウミンは漢字は共通)。ということで、一から作られているのですごく手間がかかっています。デザインではちょっとリッチな感じを出したりや言葉にニュアンスを持たせたいときに使われていて、広告や商品パッケージなんかでよく見ます。

余談:筑紫Aオールド明朝に大して仮名の字形が異なる、筑紫Bオールド明朝、筑紫Cオールド明朝が存在します。またオールド明朝以上にアンティーク感を出した、筑紫アンティーク明朝も最近登場しました。




筑紫アンティークL明朝




これがその筑紫アンティーク明朝です。古風な感じがとてもかっこいい明朝体ですが、世に出たのは2016年で、それまでこんな書体は存在しなかったという、パラドックス的なものを感じる書体です。みんながぼんやりと頭の中にイメージとして持っていた活版印刷の文字をデジタルに具現化した書体なのかもしれません。仮名は勿論のこと、漢字もまた筑紫Aオールド明朝と異なります。フォント名、L明朝のLはかなのサイズを示していて、これより仮名のサイズが小さい筑紫アンティークS明朝も存在します。




ということで、結局同じ明朝体でもこれだけ違うんですね…。




PCで誰もが使ったことがあるであろうMS明朝と、スタンダード系で綺麗なリュウミン、オールド系で綺麗な筑紫Aオールド明朝。こうして見るとMS明朝がグラフィックデザインの世界で使われない理由も自ずと見えて来たり…?やっぱり字形や線質によって言葉の説得力やニュアンスが全然違うと私は思います。






今回紹介できなかった明朝体であと抑えておくとしたら、黎ミン、マティス、平成明朝、イワタ明朝体オールド、本蘭明朝、石井明朝くらいですかね。イワタ明朝体オールドはリュウミン全盛の文庫でも偶に見かけるくらいには使われています。平成明朝はセンター試験に使われていることで有名です。本蘭明朝と石井明朝は写研の明朝体で、今もかなりのファンがいるんですが、残念ながらPCで使うことができないので目にする機会は相当減っており、今では絶滅危惧種となっています。



写研書体



最後に。学生の方、筑紫Aオールド明朝を含むフォントワークスの全書体は学生向けLETS(5,000円/4年間)で利用できるのでもし興味があれば是非。別にフォントワークスの回し者じゃないですが、本当に信じられないくらいお得なので。



フォントに注目しよう①『本文用明朝体の世界』 フォントに注目しよう①『本文用明朝体の世界』 Reviewed by mug on 3/15/2018 Rating: 5

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